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松山地方裁判所西条支部 昭和50年(ワ)11号 判決

原告 越智幸一郎

被告 塩見ヨリ子

主文

一、原告の本訴請求のうち、別紙物件目録記載の物件の所有権確認を求める部分はこれを棄却する。

二、原告が右物件につき、別紙権利目録記載の権利を有することを確認する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(甲)  申立

(原告)

一、主位的請求 別紙物件目録記載の物件(以下本件物件という)は、原告の所有であることを確認する。

二、予備的請求 原告が右物件につき、別紙権利目録記載の権利を有することを確認する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

<以下事実略>

理由

第一、本件物件がもと訴外白鳥彰位の所有であったことは当事者間に争がない。

そして、≪証拠省略≫によると、昭和四六年一一月二〇日訴外白鳥彰位は原告より金五五万円を借り受け、これが担保の為本件物件を原告に売渡す形式を採り、且つ右物件を一ヶ月金五、五〇〇円の賃料で借り受けることとし、更に昭和四七年一二月三一日までこれを買戻しうる旨の特約を付したことが認められるところである。そうすると、原告主張の売買はその名称如何に拘らず実体は売買なる型式(即ち、所有権移転の型式)を用いた債権担保、即ち譲渡担保であるといわなければならない。

ところで、譲渡担保は債権担保の為に所有権移転の型式を借りるのであって、その目的は債権確保にあり、従って譲渡担保権者は被担保債権額の範囲内で目的価値を支配すれば充分といえるのであるから、若し債務者(担保権設定者)において債務不履行があった場合には、担保権者において目的物によって弁済を受ける旨の意思表示をすることによって目的物の所有権を帰属させ(所謂請求帰属型)、且つその場合にも担保権者は目的物を換価または評価して被担保債権の弁済に充てるべく、若し右に充当してなお剰余があれば、その剰余部分は債務者に返還すべきもの(所謂清算型)とすれば充分であるから、これを譲渡担保の原則的内容とするものというべく、これに反し所謂当然帰属型、所謂流担保型を内容とするものは特別の意思表示ないし特段の事情がある場合にのみこれを認めるを相当とする。

これを本件について看るに、債務者(訴外白鳥彰位)が本件物件の返還時期にこれを返還しないときに債権者(原告)に右物件の引渡と契約解除権の選択を許していることが前掲甲第一号証によって認められること、即ち右物件の所有権が何ら選択の余地なく当然に且つ確定的に原告に帰属するものとしてはいないことから、本件譲渡担保は所謂請求帰属、且つ清算型と理解すべきこととなるのである。尚、その他、同号証によれば、その第六条に買戻期間を徒過したときは債務者(訴外白鳥彰位)の買戻権を喪失する旨の約定があることが認められるが、これは文字どおり右買戻権の喪失を定めたにすぎず、債権者(原告)に当然目的物件の所有権が帰属する旨定めたものとは解しえず、さりとて右期限をして債権者の担保権実行としての受戻権を行使する時期を限定したものと解することもできない。更に、同号証によれば第一四条に所謂第三者が目的物件につき権利を主張する等のときは債務者(訴外白鳥彰位)にも右物件について権利保護の手段を採ることを認容していることが認められるところであるし、更に又、同号証によればその第一六条に債権者(原告)に期間満了の際に目的物件の引渡を求めることができる旨規定していることが認められるが、これは右清算する場合の前提としての目的物件引渡請求権を認めたものと解することもできるからである。更には又、≪証拠省略≫によれば後日被告が申立てた強制競売手続中における本件物件の評価額は昭和五〇年一月七日現在合計金五八万円であり、又前掲甲第一号証によると、債権者たる原告の買戻期限までの被担保債権の元利合計は金六二万三、四一三円となること(譲渡担保では目的物件を債務者の手許にその占有を委ね改めてこれを賃貸する旨約定することがあるが、これはその賃料の名目にかかわらず、被担保債権の利息と解すべきである)が認められ、その被担保債権と目的物件の価額とが必ずしも社会通念上通常の売買代金としての合理的均衡を失しているとはいいえないけれども、右均衡を保つということが常に当該譲渡担保を流担保型とする唯一の根拠とはなし難いものであるといわなければならない。

かくして、本件については原告においてその被担保債権の弁済に充てるべく本件物件の引渡を請求したかが問題となるが、これを認めるに足りる証拠はなく、却って訴外白鳥彰位の前記買戻期間到来後も原告と同訴外人との間で従前どおり同訴外人が右物件を借り受けておき、原告はなお被担保債権の任意弁済をまつ旨話し合っていることが≪証拠省略≫によって窺えるところである。従って、原告としては右買戻期間たる昭和四七年一二月三一日を経過するも本件物件について確定的に所有権を取得するものではなく、尚従前どおり元金五五万円、利息金五、五〇〇円の貸金債権を被担保債権とする譲渡担保権者であるに止まるのである。

第二、つぎに、被告は即時取得を主張する。

本件物件はその直接の占有者である訴外白鳥彰位から被告が昭和五〇年一月二七日競落したものであるが、右訴外人の引渡の猶予の言を容れ、被告は爾後被告のため右訴外人にこれを預けているものであることが認められ、これに反する証拠はない。

右のとおり、被告の右占有取得の方法は占有改定であることが明らかであるところ、民法第一九二条は畢竟一般動産取引の安全を維持する為、従前占有を他人に一任して置いた権利者よりもむしろ他人より占有を得て正当に権利を取得したと信ずる者を保護しようとするものであるから、一般外観上従来の占有事実の状態に変更を生じて、従前占有を他人に一任して置いた権利者のその他人に対する追及権を顧慮しないでも一般の取引を害する虞れのないような場合にこれを保護するものであって、単に従前の占有者と新たに占有を取得しようとする者との間にその旨の意思表示があったのみで一般外観上従来の占有事実の状態に何らの変更を来たさない所謂占有の改定による占有の取得はこれに該当しないものと解すべきである。後記の物権変動についての対抗力の問題は所謂公示の原則であって、いわば公示内容たる物権の現状に変動のないかぎり物権変動は存在しないものとして取り扱われる消極的な信頼であるに反し、即時取得の問題はいわば公示内容たる物権の現状に対応する権利状態がたとい真実には存在しなくても存在するものとして取り扱われる公示についての積極的な信頼であり、従って又その効果は権利の原始取得、即ち前主の権利の有無を問わずに特に後主の権利取得が認められるというのであるから、何ら外観上取引行為の存在を表示しない占有改定はこれを保護する要はないのである。対抗力の問題と即時取得の問題とはかように彼此問題の所在を異にするものである。

第三、一、つぎに、被告は対抗力の問題を持ち出す。即ち、右原告の譲渡担保権設定と相容れない物権変動の原因たる競落を主張するのである。

そして、前記第二項記載のとおり被告が本件物件を競落したことは当事者間に争がないところである。

これについては、原告は右競落につき被告は占有改定の方法によって引渡を受けたのみであるから、現実の引渡を受けていない以上、右競落による本件物件の所有権取得を原告に対抗することができないと主張する。しかしながら、物権変動は当事者の意思表示のみにより効力を生じ(民法第一七六条)、動産の物権変動はその引渡を第三者に対する対抗要件とする(同法第一七八条)法の建前から、被告としてはさきになされた原告の物権変動(即ち、前記第一項記載の譲渡担保契約。以下物権変動甲という)を覆す為には相手方たる原告の主張する物権変動甲と相容れない物権変動(以下物権変動乙という)の意思表示たる事実のみを主張すれば足り、却って物権変動甲が物権変動乙に対抗するという要件(即ち、動産についていえば占有の移転)は原告の主張立証責任(即ち、原告の再抗弁)に属するものである(なお、これに対して被告が更に対抗要件をもち出すのは右再抗弁よりも更に優先する対抗要件を主張立証すべきときであり、これは被告の再々抗弁となる)。従って、本訴について対抗力の問題に限っていえば、被告としてはその所有権取得原因である競落した事実の主張立証のみで足り、占有の如何は問題とならない。

二、つぎに、≪証拠省略≫によると、訴外白鳥彰位は原告との間で昭和四六年一一月二〇日金五五万円の借入金につき本件物件を譲渡担保、即ちその所有権を移転する型式で原告に担保に供し、同日改めてこれを原告より借り受けることとしたことが認められるのであって、原告は昭和四六年一一月二〇日占有改定の方法によって右物件の占有を取得したことになる。

ところで、動産の物権変動の対抗要件として占有改定を以て足るかがここで問題となるがこれを肯定すべきである。けだし、民法第一七八条の引渡とは占有の移転を謂い、これは占有の取得原因たる同法第一八二条第一項第二項、第一八三条、第一八四条を指し、殊に占有改定(同法第一八三条)を除外する趣旨と解されないばかりか、仮りにこれを禁じ現実の引渡をさせてみたところで再度貸借のため譲渡人に交付することを差し止めることはできず、いたずらに手数を煩雑にするだけであるからである。

第四、以上のとおりであるとすると、原告は本件物件については所有権を取得しないけれども、譲渡担保権者(その内容は昭和四六年一一月二〇日付で訴外白鳥彰位に貸与した弁済期を昭和四七年一二月三一日とする金五五万円、及びその一ヶ月金五、五〇〇円の割合による利息及び遅延損害金を担保する)としてはこれを以てその取得後に右物件を競落した被告に対抗することができるということになる。

ところで、譲渡担保権者としては目的物件に対しその被担保債権につき優先して弁済を受けることを主張とするものであるが、これが実現の方法としては自らする譲渡担保権の実行と他の債権者が申立てた競売手続内で優先弁済を受けるのである(右いずれの場合にも目的物件の評価がその被担保債権を超ゆるときはその剰余部分については原則として清算すべく、この清算金の支払は譲渡担保権者が担保権設定者ないし差押債権者に対して提供することを要し、これが提供と弁済受領とは引換給付の関係にあると解すべきであるが、本件のように右の剰余のない場合には右清算は結局不要となる)。そして、譲渡担保権者は右譲渡担保権を理由として優先弁済請求の訴(民事訴訟法第五六五条)ないし第三者異議の訴(同法第五四九条)を提起しうること勿論であるが、右競売手続において第三者が目的物件を競落したとしても、譲渡担保権者がこれに対抗しうる限り右競落によって覆滅されることはなく、これに追及して行くことになるべき筋合である。

なお、原告の求める裁判は、まず本件物件につき原告の所有権確認を求めるにあるが、その請求を理由あらしめる事実として原告の請求原因一項を併せ検討するに、原告の主張は通常の売買を謂うのみに非ず、買戻約款付動産の売買をも謂うのであって、これはとりもなおさず譲渡担保の主張も含むと解釈されるのである(尚、この点は第四回口頭弁論期日において原告の釈明を得たところである)。

そこで、原告の本訴請求については予備的に右譲渡担保権の確認を求める趣旨であると解しつつ、唯、譲渡担保権をば債権者に譲渡担保権という一種の担保権が帰属し、設定者には右譲渡担保権を差し引いた権利が残存しているものとみる一の制限物権と解するときは、原告の請求を全て認容することにはならないから、右請求を右譲渡担保権の確認部分を認容するにとどめ、一部棄却する旨の主文を用いることとする。

よって、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条但書第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 宗哲朗)

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